商店街、一面ガラス張りの空間が広がっている。入口のドアには平仮名の「ふ」が3つ重なった不思議なロゴマーク。ファッションアトリエ&ボードゲームカフェ「ふふふ」。
ここは、服を作る工房であり、ボードゲームで遊ぶ人の集うスペースでもあり、ワークショップを開催する学びの場でもある。いくつもの意味で開かれた、ユニークな空間だ。
扉を開けて中に入ると、左の壁には3台の手動ミシン、右の壁にはボードゲームのカラフルな箱がずらりと並んでいる。
迎えてくれたのは、門井里緒さんと、大小(たいしょう)こと和﨑拓人さん。ともにファッションデザイナーの夫妻は、2019年に桐生に移住してきたばかりだ。
「5年ほど前に、織物工場を見学して回ったのが最初ですね。そのときは、高度な独自技術のある工場がたくさんあって、すごく面白い繊維産地だなと思いました」と大小さんは話す。
服作りにはたくさんの工程がある。糸を撚り、生地を織り、整理加工を施し、裁断、縫製、染色に刺繍……。桐生には様々な技術をもった工房や工場が、車で回れる範囲内に揃っている。
「いろいろな産地を見て回ったんですが、桐生のように小さい規模感のなかに集まっているところって、なかなかないんですよ」と門井さん。出会う職人たちからは、新しい技術や表現を積極的に楽しむ気質を感じるそうだ。
「2019年2月の骨董市のとき、数年ぶりに桐生を訪れたんです。前に来たときは工場見学がメインだったので、街をじっくり歩きました。おにぎり屋のコルミオさんや、アウトドアショップのPurveyoursさんなど、素敵なお店にいくつも出会いました」(門井さん)
「st companyさんの環さんとも出会って衝撃を受けて、気付いたらもう移住する気になってましたね」(大小さん)
繊維産地としてだけでなく、街自体の魅力に惹かれて移住を決めた二人。
「いま私が着ているニットは、自転車で行ける距離の工房を使わせてもらって自分で染めたんです。その工房さんには『今度この素材で帽子を作りに行くけど、一緒に行かない?』なんて誘ってもらったりして。アポイントを取ってお会いするんじゃなくて、『今日このあとどう?』くらいの感覚。こういうことって、東京にいたころにはなかったですね」(門井さん)
「自宅からアトリエまで自転車で10分くらいなんですが、たいてい誰か知り合いに声を掛けられるんですよ。近すぎて窮屈に感じる人もいるかもしれないけど、顔の見える安心感はすごく感じています」(大小さん)
「飛車角だらけの街」で
桐生のよさは「バラバラなこと」ではないかと大小さんは話す。
「将棋の飛車と角みたいな人ばかりなんですよ。仲が悪いわけじゃないし、かといって群れたりもしない。だからぼくらみたいな移住者も受け入れてくれる」
この土地の職人は、たしかな技術と等身大の矜持を持っている。互いの得意とすることを持ち寄った化学反応も、自然と起きていくのだろう。
「桐生はチェーン店があまり多くないんですが、B級グルメのお店もあるし自然食レストランもあって、それぞれお互いにショップカードを置いていたりします。独特の距離感でつながってる感じがしますね」(大小さん)
市内のいくつかの店に声を掛けて、散策のための地図を制作した。上毛かるたもモチーフに使ったポップなイラスト地図だ。
「桐生には学生がたくさんいるんです。彼らにこの街をもっと楽しんでもらいたいと思っています。
この地図を持って歩いてみてほしいな」(大小さん)
自分たちを受け入れるこの街に、偶然の出会いの場を提供していきたい。そんな考えもあって、手振りミシンによる刺繍ワークショップなどもアトリエスペースで行っている。
ボードゲームを遊ぶために来店した高校生が、ミシンで刺繍を体験していくこともあるという。「そういう、普通だったら起こらないことが起きるのって素敵じゃないですか。
その想いは『ふふふ』のロゴにも込めています」(大小さん)
3つ並んだ「ふ」は、それぞれの「ふ」が点を共有していて、1つずつの「ふ」はよく見ると少しずつ違う形だ。アトリエでもあり、遊び場でもあり、「よくわからないものに出会う場所」でもある空間。
「いろいろなものを包み込むような、懐の深い場所になっていきたい」と大小さんは語ってくれた。
「本当は、こうやって自分たちの場所を持つのは、もっと先だと考えていたんです。繊維産
地で職人さんたちと近い距離感で服作りができたらいいな、いつか心地よい場所が見つかっ
たらいいねと話していました。だから、タイミングと『縁』なんですね」(門井さん)
「桐生は、いま一番面白い時期かもしれません。もうしばらくすると、一気に新しい変化が起こるような気がします。
いろんなクリエイティブな人たちが来てくれるといいなと期待しています」(大小さん)
服作りに携わる人だけでなく、あらゆるクリエイターにとって、心地よくモノづくりに取り組むことのできる街。互いを尊重しあいながら語る「ふふふ」の二人は、この街の姿にも重なるように見えた。
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